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16歳で旅立ったミルキー&心不全末期、肺水腫、腎不全のルーシー闘病記。そして、新入りノエルの子育てな日々
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みる
性別:
女性
趣味:
食べる事
自己紹介:

★ミルキーは16歳と1ヶ月で天国へと旅立ちました。

頑張って生きようとする姿を見守り、最期は腕の中で看取ることが出来ました。




★ルーシーは15歳と9か月で旅立ちました。

心臓の腱索が切れたのが原因か、突然の心臓発作で倒れ、心不全(僧帽弁閉鎖不全症)の末期&肺水腫で一時は危篤。

これ以上の治療が出来無い為、投薬だけで通院しませんでした。

それでも、末期にも関わらず闘病1年5か月を自宅の酸素室で療養して生き抜きました。




★そして現在、生後2か月の女の子「ノエル」を新たに迎えて子育て中。

正直、子犬よりシニア犬に魅力を感じる私です。

まるで宇宙人の様な子犬相手に頑張って教育しています。

将来はミルキーやルーシーのように落ち着いた子に育って欲しいと儚い望みを…(遠い目)
バーコード
2017/07/23 (Sun)
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2014/05/28 (Wed)
※5月30日 一部加筆修正しました

亡くなる一週間前のルーシー


日が経つに連れて、ルーシー不在の穴が大きくなるのを感じています。
1~2時間置きにトイレやら投薬で甲斐甲斐しく世話をしていた毎日から突然放り出されて、何をして過ごせば良いのか時々分からなくなります。
そんなことを感じている時の視線は、気づけばいつもルーシーが居た場所を彷徨っています。
途端に叫び出したい衝動に駆られて床に大の字に寝転び、ただひたすら天井をジッと見上げては涙を飲み込んでいます。



ゴミ箱を舐めながらシッポを振っています


決して悲しい訳ではありません。
時々、寂しくて堪らない気持ちが決壊して、本当にどうしようもない時があるんです。
「ルーシーと前の生活に戻りたい」
あの、ささやかな幸せが大きな喜びだった日々に。
それが叶わないと誰よりも知っているから、こんなにも寂しいのですね。



ハァハァ


TVドラマも毎週楽しみに観ているし、食事も美味しく頂いています。
ミルキーやルーシーの話題も笑って出来ます。
物思いに沈んで鼻の奥がツンとしてきたら、思考を変えて楽しいことを考える様にしています。
泣いて寂しさが紛れるならそうしたいけれど、余計に寂しくなるだけだから。
家の中でルーシーの面影を追えば自分が辛くなります。



僅か一週間後にお別れが……


末期とはいえ平穏だった日々が、突然の食欲不振に見舞われて強制給餌して、やがて意味もなく一日中吠え続けて落ち着きなく動き回り、すぐに旅立ってしまったルーシー。

期間の差はあれ、ミルキーの場合も同様の経路を辿って逝きました。
だから、ルーシーに忍び寄るお別れの気配は感じ取っていました。



ふは~~~っと大あくび


感情のこもらない吠え声、何かに急き立てられているように昼夜を問わず吠え続けて落ち着きなく動き回る症状は、お別れが近いワンちゃんによくある行動だそうです。

オシッコやウンチをしなくなるのもそうです。
胃腸の働きが悪くなり、動かなくなります。
そうすると、流動食や水さえ飲み込む事が出来ずに受け付けなくなります。

亡くなる前に体から異臭がする子もいるそうです。
ルーシーが亡くなる数日前に、部屋に漂う排水口の臭いが気になって除菌掃除をして綺麗にしたのにも関わらず、ずっと臭いが消えなくて不思議に思っていました。
あれから、臭いは全くしていません。
もしかしたら、ルーシーが原因だったのかもしれません。
また、ミルキーが亡くなる当日、ルーシーがしきりにミルキーの頭の臭いを嗅いでいました。
私には感じられなかった迫り来る死の臭いを嗅ぎ取っていたのかもしれません。

体中から出血する子もいるそうです。
ミルキーは亡くなる直前に膣から出血しました。
亡くなった直後にも鼻から大量に出血しました。
この出血が頭部からなのか、肺なのかは不明です。



舌ベロが可愛い


ミルキーを見送って2年後にルーシーを送り出したのですが、その経験からか冷静に対処が出来て落ち着いた最後のお別れの時間を得たように思えます。

葬儀を依頼する霊園も決まっていましたし、ルーシーの亡骸のお世話の方法も知っていました。
気温が高い日で、酸素室の暑さ対策用に冷凍してあったペットボトル6本をルーシーの保冷に使いました。
900ccのペットボトルを凍らせるのには2日かかるから凄く役に立ったけれど、複雑な気持ちで使用しました。



可愛いなぁルーシー、可愛かったなぁ。


心肺停止すると、筋肉が弛緩してウンチやオシッコが出てきます。
汚れていたら綺麗に洗います。

頭は常に高く持ちます。
頭を下に向けると体液や血液が鼻や口から流れ出ることがあります。

体を綺麗にしたら、横向きにリラックスした状態で寝かせます。
洋服は脱がせました(洋服着用で火葬出来ない為)
死後硬直したら姿勢は変えられませんし。
頭は、折りたたんだペットシーツを置いて少し高くしました。
目や口も閉じてあげます(サージカルテープで押さえました)

息を引き取ると細胞は死滅して腐敗が始まります。
一番腐敗の進むお腹を中心にドライアイスや凍らせたペットボトルを置きます。
ペットボトルは結露しますので必ずタオルや手ぬぐいに包みます。
ペットボトルは6~8時間持ちますが、保冷材は短い時間しか持たないです。
ルーシーにはペットボトルを同時に4本置きました。

ドライアイス等を置いたら、全てを覆うように厚いバスタオルや布団を掛けます。
なるべく空気に触れない様に、こうすると冷気が逃げません。
少しでも綺麗な姿で見送りたい気持ちで一杯でした。


息を引き取った時のこと、とても良く覚えています。
悲しい瞬間も幸せな時間も、一つたりとも忘れたくはありません。
それでも、時間と共に薄れゆく記憶があります。
それを取り戻すことが出来るブログを続けていて本当に良かったです。
いつでも幸せなルーシーに会えるから。





+++拍手お礼+++

■jonmama様
いつも拍手有難うございます。ジョン君の病院通いお疲れ様です。
特に異常が無くて良かったですね。ルーシーが肺水腫で喀血した時には、所謂ショック状態で腎臓数値もガン上がりました。一時的なものでしょうが、あの時はビックリしました。
何よりも肺水腫をどうにかしなくちゃいけなかったので大変でした。
助かるかどうかも微妙な状態でしたから、闘病1年5か月は奇跡の日々でした。

お別れが近いと知っていても最期は筆舌し難い辛さがありました。
でも、その辛さや悲しみ以上の幸福が看病でした。
ジョン君の 目指せ16歳!目指せ年越し! どうか叶って欲しいと願っています。
これからも頑張って下さいね。



■ろんまま様
いつも拍手有難うございます。そうですね、7歳で亡くすなんてお辛いですよね。
病気にせよ事故にせよ、どんな亡くし方にも後悔はありますが、若い死は余計に後悔が残ることでしょうね。
そう考えると、やはり看病や介護の末に看取ることが出来るのは幸せなことです。
先代の後悔をろん君に生かして、これから末永く幸せな時を過ごせると良いですね。



■おぺき様
いつも拍手有難うございます。掛ける言葉が見つからないほど悲しんで下さったのですね。
そのお気持ちが本当に嬉しいです。最期まで見守って下さって有難うございます。

お蔭さまで平穏に暮らしています(時に酷く寂しくなりますが)
最後まで頑張り続けて良かったとも思っています。
おぺきさんも、どうかこれからも頑張って下さいね。

拍手

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2014/05/18 (Sun)

画像を見て涙することは無いです。ただ、ルーシーの感触を思い出すと泣けてきます。


ルーシーが健気にも生き続けてくれたお蔭で、涙に暮れること無く平穏に過ごせています。
今でも家の何処かに酸素室があって、ルーシーがそこで休んでいるように思えます。
闘病中に酸素室へ入れて、限られた時間しか触れ合うことが出来なかったから、そんな風に思うのかもしれません。
一日中、傍に居て、ベッドで共に休む生活だったら、こうはいかないでしょう。

満足いく看護ができたか、と問われれば答えはNOです。
全ての選択が正しかったとも言えないし、幾つもの見落としがあったかもしれないです。
そもそも、もっと早い段階で病気に気づいていれば……という後悔は消せません。
何をしても後悔するという通説は本当で、後悔の無い死はありません。

まぁ、でも。
その後悔を凌駕するルーシーとの宝物のような幸せな日々が、私にとって救いです。
ルーシーが亡くなった後の現在でも、泣き顔で無く笑顔でいることが出来ます。
敢えて後悔には目を向けず、幸せに包まれた瞬間だけを思い出すようにしています。
誰でも後悔はするものだし、失ったものは還らない、大事なのはその過程が幸せだったかどうかということ。
最期に至るまで過ごした日々が幸せなら、それが本当で、それで良いんじゃないかな、と思っています。




+++拍手お礼+++


■ちひろ&ラッキー様
いつも、温かい励ましを有難うございます。
幸せそうですか?ちひろさんにそう感じて頂けて、とても嬉しいです。
ええ、本当に、本当に。仰るように本当にルーシーの愛情を感じます。
そして、ミルキーの時に酷く落ち込んだ私を知っていて、安らかな最期を遂げてくれたのかもしれません。

ラッキーちゃんの最期に安堵感があったのは、ラッキーちゃんがこの先も苦しんで欲しくないという、ちひろさんの愛情があったからなんですよね。凄くよく分かります。
愛犬が辛い闘病をしているのに、それでもなお生きて欲しい、頑張って欲しいという気持ちはありますが、現実の愛犬の辛さを思えば、自分の感情だけで愛犬に生きることを望むのは、酷いことを強いているようで葛藤がありました。
でも今、重い体から解放された魂は、きっと自由の翼を手に入れて私たちの胸に棲み続けているのだと思います。

ラッキーちゃんもルーシーも、たくさんの思い出と気持ちを残してくれました。
こうしてお話している事こそ、心の中で生きている証ですね。
私たちは幸せ者ですね。



■もきゅママ様
初めまして。コメントを拝見して涙してしまいました。本当に有難うございました。
気にせずコメント下されば良かったのに……でも、長い間応援して頂けて嬉しいです。

ルーシーと同じ病気が幾つもありますね。肝臓の数値、ルーシーも悪かったです。
咳も酷いのではないでしょうか?
愛犬の年齢的にも、お別れを意識して過ごされていることと思います。
毎日が最後だと思ってお世話したり可愛がったり出来るのは、健康な時には味わうことが出来ないレベルの幸せがあります。
愛犬の看護を出来るのは、とても大切で幸せな経験なんですよね。
だから、愛犬が亡くなってしまうことを余計に恐れたりするのは当たり前のことで、そうでなくても皆さん、同じように不安と恐怖の中、看護に臨まれています。
勿論、私もそうでした。
ルーシーの最期までママさんに見届けて頂けて、悪い表現ですが「疑似体験」されたのだと思います。私たちの為に、優しい涙を流して下さって有難うございました。

後悔は絶対にします。でも大事なのは、最期ではなくて<過程>です。
最期の光が消えるその瞬間まで、心のこもった看護を続け、愛情を伝えればきっと愛犬もママさんも幸せだと思います。
どうか、これからも幸せに向けて頑張り続けて下さい。
ルーシーと私は、幸せな日々が続くことを応援しています。



■jonmama様
有難うございます、ルーシーの最期を可愛い寝顔と表現して下さって本当に嬉しいです。
本当は悲しくて堪らないのに、あの顔を見ると微笑んで頭を撫でていました。
なんだか、安心して旅立ったようにも感じられて。

ママさんの仰るように、苦しみから解放されたのでしょうね。
「もう、いいかな」って旅立ったような。
看護していた私自身、自然とそう思えました。
ルーシーは病気自体には、ずっと勝ち続けていたわけですし、急に駆け足で逝ってしまったのは自分も私も苦しめたくないから、だったと思います。
ミルキーの時と違って、とても安らかなお顔で、手足もリラックスした姿勢でしたから、火葬場での最後の別れが非常に名残惜しかったです。

ママさんも、これから夏に向けて頑張って下さいね。
心臓病には辛い季節だけど、これを乗り越えると温度管理が楽ですものね。



■ろんまま様
ルーシーの最期に涙を流して下さって、本当に有難うございました。
そして、長い間のご声援を有難うございました。

本当に、最期まで幸せを運んでくれた可愛い子でした。
亡くなってしまっても幸せを感じる毎日です。
最期まで看病出来て、本当に良かったです。

どうぞ、どうぞ。
ブログはこのままありますので、時々、ルーシーを見に来てやって下さいね。
皆さんの思い出に残ったなら、ルーシーも喜んでいると思います。



■ごん様
コメント有難うございました。確かに「おはよ~」って声掛けしてますね。
最期が眠っている姿で印象が強い所為か、今も酸素室の中で眠っている感じがします。
生前も最期の1か月くらいは寝起きが悪くて、揺すろうが大きな声を出そうが起きなかったルーシーです。
天使の微笑み、良い言葉ですね。とても嬉しいです。
高濃度酸素室に入っていたから、ゆっくり意識を失って眠るように逝けたのかな、とも思いましたが真相は不明です。
酸素室に入っていても発作を起こすみたいですし、肺水腫が治ることも無いですからね。

ごんさんも大変な状況ですが「一緒にいたい」という気持ちに応えて、まだまだ頑張って生きる愛犬と共に、これからも生きる喜びと幸せを謳歌して欲しいと願っています。
日々、幸せでありますように……。

拍手

2014/05/13 (Tue)

咲き誇っていたお花も今ではこぢんまりと……


ルーシーが5月2日に亡くなってから今日で11日目です。

可笑しなもので、「つい昨日までは私の腕の中に居たのに」という気持ちと、もう随分前に亡くしてかなりの時間が経過したような、相反するものが共存しています。
気持ちと感覚のズレが生じている様です。




亡くなる9時間前のルーシー


ミルキーを亡くした2012年2月のブログを最後に、2013年5月までの更新がありません。
その理由は2013年6月6日の冒頭で述べたように、時間の経過と共にミルキーを亡くしたショックと激しい後悔が襲って立ち直れなかったからです。

ミルキーの生前の画像はおろか自分のブログ記事さえ読み返すことも辛く、ミルキーを連想させるもの全てを遠ざけたい一心でした。
散歩している犬達ですら視界に入れたくなかったくらいでした。
毎日は絶望の色に染まり、暗闇の中、ただそこに立っているのがやっとの状態でした。




これも、同じ日


そんな辛い経験をした直後にルーシーが病気になって、しかも末期でこれ以上の治療が出来ないと宣告されました。
「楽にしてあげたい」と思ってしまう程の苦しみから奇跡の様な生還を遂げたルーシーに感謝の意を込めて、ミルキーの時に出来なかったこと全てをやってあげたい、1日でも多く生きてもらいたいと強い決意を持って看護しようと心に誓いました。

それからは、いつ消えるとも分からない小さな命を両手で包み込むように大事に大事に守る努力を続けました。
でも、ルーシーが痙攣に耐えている時や激しい咳が止まらない時、悲鳴を上げて発作を起こした時は自分が助けることが出来なくて、ただ見守るだけなのが情けなくて無力な自分に腹が立ちました。




こんなにしっかりした顔付きなのに、数時間後に亡くなるなんて


急に食欲が無くなって流動食になって、それすらも飲み込むことが出来なくなって口からボタボタ零すルーシーに、半ば無理やり「生きるため」だと強制給餌をしました。
体液と同じ濃度の下痢し難い僅かな10ccの流動食が下痢になりました。
ルーシーの胃と腸はもう動いていないのです。

ほんの短い期間の出来事でしたが、この強制給餌に激しい葛藤をしました。
止めれば亡くなるだろうと分かっていて、止めても良いのか、止めれるのだろうか。
罪悪感と己の身勝手さに涙が出ました。
結局、止める前にルーシーの命は消えてしまいました。




でも、数日前から血色が悪くなっていることに気づいていた


ルーシーが亡くなる直前、家族に「持ってあと2~3日だろう」と電話で伝えました。
まさか、当日に亡くなってしまうとは思いませんでした。
今まで、焦らずゆっくりゆっくり歩んで来た道生だったのに、最後は駆け足で逝ってしまいました。
最後の最後でルーシーの時計だけが早回しで、たった数時間の内に、です。

あの時、咄嗟に心臓マッサージを行ってしまったけど、もし息を吹き返したなら、この先はルーシーにとって生き地獄になったと思います。
あのまま逝くことが出来て良かったのだと、それがルーシーの意志だと、今ならそう思えます。

苦しい病気と闘い続けたルーシーだからこそ、その最期は「これ以上の苦しみが無いように、安らかに」と願っていました。
2014年5月2日午後8時40分、その願いは叶えられた様に思います。




本堂にて。若かりし頃のルーシーの遺影とともに


晴れ渡る青空のもと、5月4日午前10時より葬儀が執り行われました。
ミルキーと同じく、亡くなった翌々日の日程です。
すぐに葬儀をするのは、手放せなくなるし、いつまでも手元に置いておきたくなかったからです。

昨日まで涙に暮れていたのに、今までのルーシーの生き様を思い出し、また皆さんからの温かい追悼メッセージを読んで、私にはルーシーの最後の旅立ちまで冷静に見守る義務と責任があると感じました。


そして迎えた葬儀当日、このすがすがしい風の吹く5月の空のように私の心は晴れ渡り、とても真摯な気持ちで虹の橋へ旅立つルーシーを見送ることが出来ました。

その生を終えてしまってもルーシーが可愛くて可愛くて。
それは、手ですくった骨でさえも愛おしくてポケットに尻尾の骨をコッソリ忍ばせて持ち帰りたいくらいでして、時折笑顔すら浮かんで涙一色の悲しい葬儀にはなりませんでした。

また、葬儀前に和尚さんから有難いお話がありました。
「皆さん、お葬式というと暗いイメージをお持ちになると思いますが、実はそうではないんです。生涯を終えたもののには魂と肉体があって、その肉体を天へ還す儀式なんです」

そして、納骨式の読経中に万感の思いで幾筋もの涙を流しながら観音像を見上げる私の横顔に、「今までの愛犬との生活や思い出が去来して涙するのは、とても良いことです。それは、既にあなたと愛犬の魂が一緒になっていることの証明なんですから」と仰いました。




納骨式。ミルキーとルーシー一緒の場所へ納骨されました


そう、老いた体や病に侵された体から解放された愛犬の魂は、飼い主の所へ留まって一生一緒に生きているんです。
私が今、自分自身の心に感じているこの温かくて優しい感情は、ルーシーの魂そのものなんですね。

ミルキーの時のトラウマがあって、ルーシーの死に対して過剰な怖れを抱きながら看護していた日々、失うのが怖かったです。
その死が訪れても我を失うこと無く、今もなお募るこの愛しさは、決してルーシーが亡くなって消滅した訳ではなくて、魂となって生前の心そのままに私と共にあるからなんですね。

二度とこの腕に抱けない、もう会えない寂しさ、恋しく思う気持ちは勿論ありますが、それよりも温かい幸福感に包まれているような、ルーシー自身に抱擁されているような気分です。
今もルーシーに「有難う、可愛い、大好き!」って気持ちが募って、幸せで涙が出ます。




頂いた花束と遺影


ミルキーの時とは違って、とても前向きな気持ちでいられるのは、小さな体で限界を超えて頑張るルーシーの姿と看護する自分の気持ちをブログで書き続けたこと、それを後押ししてくれた皆さんの応援メッセージや同じく頑張っている仲間のメッセージのお蔭です。
色々な状況の差はあっても皆一緒に頑張っているのだと、不安や恐怖心を持っていた私には心の拠り所でした。

また、何気ない一瞬一瞬がとても貴重な幸せの1シーンであると自覚して、ルーシーと毎日を過ごせた濃密な思い出もたくさん出来ました。
1年5か月の闘病生活は、私にとって蜜月です。
 



ルーシーの1Fトイレシート


ルーシーの肉体は、遠く離れて会えないけれど何処かで生きているような気持ちなので、葬儀を終えたから全て片づけよう、という気にはなれません。
この使用済みトイレシート、最後のオシッコがしてあって未だ処分出来ずにいます。




ルーシーの2Fトイレシート


こちらのシートには、ルーシーの鼻水と涎のシミが付いています。
これも捨てられない。




ルーシーの冬服


ハンガーに掛けた洋服もそのまま。
これは埃を被らない内に仕舞う予定です。
でも、もうちょっと、暫くはこのままで。




ルーシーの定位置


亡くなる当日まで横になっていた思い出深い場所です。
前足をペロペロ舐めていたクッションもそのまま。
かなりルーシーの唾の臭いが……。
もう二度と此処でルーシーがくつろぐことも無いと知っています。




床に敷いたタオルのシミ


このタオルの上で給餌してきました。
ネフガードを零したシミ、こんなものですら愛おしい。




一日でも命を繋いで欲しくて購入した数々


結果的にルーシーが使うことは無かったけれど、闘病しているワンちゃんに寄付しようと愛護団体を探しています。
この他にも、未開封のネフガードやニュートリカル、オムツがあります。
丸々1ケース残ったタンポポ茶は、私が美味しく飲んでいます。



※ご注意※
拍手お礼の先に、亡くなった後のルーシーの画像をリンクしたページがあります。
私の目には、とても安らかで美しい姿に映りました。
最期まで見守って下さった方々には、是非お見せしたいと思えるような綺麗な顔です。
でも、そういう画像を見たくない方は、お引き返し下さい。
大丈夫な方だけ、「続きはこちら」のテキストリンクをクリックしてお進み下さい。





+++拍手お礼+++


■ジュリエットの母様
初めまして。ずっと見守って下さって有難うございます。
ジュリエットの母さんのお気持ちが嬉しくて嬉しくて、文面を拝見して涙が出ました。
私とルーシーがブログに残した軌跡を、伝えたかった思いを私達以上に酌んで下さって本当に嬉しいです。

看護中の辛かった事も悲しい事も、今では全部が幸せな記憶です。
仰るように、倒れてから気づくことは凄く多いですよね。
そう気づくことが出来て本当に良かったです。
病気で倒れて気づいて、毎日の重みや意味が一変しました。
でもそれは、とても幸せなことでした。

ジュリエットの母さん、心臓病末期の子の看護は精神的にもお辛いと思われます。
でも、少しでも後悔を残さない様に、どうか無理を通してでも思う存分に頑張って欲しいです。
そうして、多くの幸せな時間を少しでも長く愛犬と過ごして欲しいと心から願っています。
最期まで希望を持って頑張って下さい。
私達は、お二人の幸せを祈っています。



■ちひろ&ラッキー様
ルーシーのこと、共に涙を流してくれて有難うございます。
そうそう、ラッキーちゃんは大きいし、ルーシーは小さいし凸凹コンビになるかな、なんて同じように私も想像しました。
うんと見上げないとラッキーちゃんのお顔が見えないなぁって。
幸せな様子を脳裏に描くと、笑顔が浮かびます。
優しい優しいちひろさんは、泣き笑いなんですね。
本当に有難う、私たちの事をそこまで深く想って下さって。

ルーシーの事を思うと、可愛くって愛しくって涙が出ます。
看護の最中に感じた何気ない幸せに感謝して涙が出るのと似ている感じがします。
ちひろさんが今も涙を流すのは、今までもこれからもラッキーちゃんが可愛くって仕方が無いからではないでしょうか。
その涙も幸せのカタチで恋しく思えばこそ、ですね。
久し振りに拝見したブログで「笑顔で思い出せるようになった」って知り、私も嬉しい気持ちでいます。

虹の橋までの距離、私も実はそう遠くは無いと疑っていました。
本当は、表と裏ぐらいの近さじゃないかと。
近ければ想いも届き易い筈ですね!



■jonmama様
ご心配頂きまして有難うございました。
そうですね、気持ちの整理というか、本当にごく自然にルーシーの旅立ちを穏やかな心境で迎えられた事に自分で驚いています。

これも、余命幾ばくも無い子が、長い間生きてくれたからでしょうか。
最期は眠るように安らかに逝けましたし。
あまりにもルーシーが健気すぎて、今も幸せだと涙することもあります。
言葉に出来ない多くのものをルーシーが残してくれて、ただただ感謝するばかりです。

多分、ママさんも知らずに覚悟されているのだと思います。
それも愛犬が精一杯生きてくれる姿を毎日見続けているからなのでしょう。
私は、亡くなってしまった寂しさはあるけれど、辛い病から解放されて良かったっていう思いもあります。

闘っているジョン君を応援しています。
是非、是非このままママさんと頑張って生き抜いて欲しいです。



拍手

2014/05/08 (Thu)


私が悲しみに打ちひしがれているその時に多くの励ましと慰めと、そしてルーシーへ追悼のお言葉を頂きまして本当に感謝しています。
皆さんのメッセージを一通一通、涙を流しながら繰り返し読ませて頂きました。


それぞれに辛い過去や悲しい思いを経験したり、または現在も介護、看護中であったり、その様な状況の中で、このブログを通じて同じ苦しみや喜びを共に感じて下さって有難うございます。
最期までルーシーの身を案じて見守って下さった多くの方々の存在を知って、決して自分一人で闘っていたのではないと改めて気づかされました。


私たちは今、とても幸せです。
1年5か月間の闘病生活を経てルーシーの旅立ちを心静かに見送ることが出来ましたし、ルーシーの魂は今も尚、私の中で息づいています。


近日中には、その後の葬儀や心境などブログ更新したいと思っています。
本日は、頂いた拍手コメントへ感謝を込めて返信を……。





+++拍手お礼+++



■jonmama様
ブログで訃報を更新した時まで起きて、ずっとルーシーをご心配して下さっていたのですね。
そのお気持ちが嬉しいです。本当に、本当に有難うございました。
ジョン君も同じ病気で闘っている最中ですから、さぞ余計にお辛い思いをさせてしまったことでしょう。

ジョン君の未来も可能性もまだまだ未知数ゆえ、これからも沢山の幸福は勿論のこと、思いがけない奇跡が訪れることも不思議ではないです。
気の長いルーシーは、虹の橋でミルキーと仲良くお昼寝して待っていますから、どうかゆっくり忘れそうな頃にいらして下さいね。
一分一秒でも、出来るだけ長く、ジョン君がママさんの傍に居られるように私たちは祈っています。

それから、ママさんのされた魂のお話、信じられないことに身を持って今体感しています。
ずっと失くすことを、死を恐れて来た毎日でしたが、実はその先にも幸せの続きがあるんですね。

こちらこそ、ジョン君たちに出会えたこと、共に闘って励まし合えて嬉しかったと感じています。
希望を持ち続けて下さいね。これからも、陰ながらお二人を応援しています。




■悦子様
ご自身が辛いご経験をされたばかりなのにルーシーへ祈って下さって、また励まして下さって本当に有難うございました。

お二人の子を相次いで亡くされる悲しみの大きさは、私の比ではないことと思います。
私でさえミルキーを亡くして暫くは何も手に付かず、何も感じず、空虚で寒々しい毎日でした。
立ち直って楽しかった頃を思い浮かべる事が自然と出来るようになるまでには、非常に多くの時間が必要でした。

そういう辛い経験を踏まえて、精一杯ルーシーの看護に専念出来たのは僥倖でした。
でも、この腕で抱きしめたり、ぬくもりを感じることが出来ないのは本当に寂しいことですね。
悦子さんの「もう一度会いたい」気持ち、痛い程分かります。




■ごん様
お久し振りです。愛犬がマルチーズのごんさんですよね?
ごんさんのメッセージを嬉しい気持ちで拝見しました。
希望や可能性をルーシーの闘病から見出して貰えて本当に嬉しいです。
医者が諦めても”何とか生き抜いたケースがこんな風にあるんだ”という事実をブログに載せて、可能性がある内から何も始めないで絶望して欲しくない、諦めないで欲しいと思って続けて来ました。
ルーシーが誰かのお役に立てたり何かを残すことが出来たのなら、それは本望です。

ごんさんも怒涛の日々が続いている様ですが、肺水腫起こしてましたからとても心配ですね。
ルーシーを亡くした今だから分かったことだけど、体力も神経もすり減らして愛犬の為だけを思って看護した日々は、後に自分の幸せとして返ってきます。

毎日、愛犬と生きる喜びを分かち合って頑張って下さいね。
これからもお二人のご多幸を願って応援しています。




■aniko様
こちらこそ、心救われる温かいメッセージを有難うございました。
言葉に出来ないくらいに貴重で幸せな3か月間を得ることが出来て本当に良かったですね。
例えそれは、毎日が死との隣りあわせで緊張感にはらんだものであったとしても。
私もそうだったけれど、旅立ちの猶予が有るのと無いのとでは全く違いますよね。

酸素室レンタルの切っ掛けになって、アン君やanikoさんのお役に立てて本当に嬉しく思います。
命を落としそうな重度の肺水腫の子の様子は、見ていられないほど苦しいものです。
そこから生還し、この手に戻ってくれた子に感謝と溢れるような愛情を掛けてお世話したのではないでしょうか。

私は、奇跡が起こした幸せな毎日が続く様、祈るような日々を過ごして来ました。
ルーシーを亡くして、悲しみだけではなく、あの愛情を掛けた日々がもたらした幸せを今は深く深く感じています。

虹の橋にいるアン君のところにルーシーが行きました。
みんな一緒に元気な姿で駆け回っているでしょうね。
微笑ましい幸せな風景がそこにはあると信じています。




■moke_mama様
まだ亡くしてひと月余りでお辛い時に、たくさんの応援と慰めのお言葉を有難うございました。
お礼を言うのが遅れて申し訳なかったですが、贈っていただいたカードも本当に有難うございました。

同じような心情を抱えてお世話していた者同士、モークさんと重ねて心を痛めてくれていたのではないでしょうか。
ルーシーの為に多くの涙を流して下さって本当に有難うございます。
そして、ご自分の事のように心配され、励まして下さって感謝してもしきれません。
言葉の端端に、心から想って言葉を掛けて下さっているのが分かり胸を打たれました。

自分自身の事は二の次に、ルーシーだけを最優先してきて歩んだ1年5か月でした。
気を緩める事無く、不安と心配ばかりの月日でもありました。
それでもなんとか、終着駅が見える旅を休憩を取りながらゆっくり送ることが出来ました。
一か月と少し遅れで到着したルーシーとモークさんは既に対面したかしら?
何となく、ブログ内容を知っている風のルーシーの事だから会えたと思うんですよ。
年の近いミルキーもいるし、みんなで仲良くしてくれたら嬉しいです。

身体の事を心配して下さって有難うございます。
多分、疲れや影響はタイムラグがあってやって来るような気もします。
気持ちの部分では全く問題ないと思います。
その後、mamaさんは如何ですか?長い間の看護でお疲れのことと思います。
また近況を是非お聞かせくださいね。




■たろうはは様
初めまして、励ましのメッセージを有難うございました。
そうでしたか。同じように心臓病で亡くされたのですね。
自分の子供の様な存在だったというのは私も同じで、例え15歳のおばあちゃんでも小さい子供のままなんです。
愛犬を亡くすという事は、子供を亡くした親の心境に近いそうです。

死ぬのが怖くない、というのは再び会えるからなんですね。
その時を楽しみに生きる、というフレーズに泣き笑いしてしまいました。
それ、凄くイイですね。




■れんゆんこ様
長い間、ルーシーの事を心配して訪れて下さって有難うございました。
突然に愛犬を亡くされたのは本当に辛いことだと思います。
そんな中、ルーシーの事まで気遣って下さって嬉しく思います。
多くの方に見守られて、あの子は幸せでした。

そうですね。旅立ちまでの猶予があった事は私にとってもルーシーにとっても望外の幸せでした。
この時間が無かったら、と想像しただけで怖くなります。

最期まで見守って下さって心より感謝しています。




■さわむら様
勿論、覚えていますよ。突然のぷーちゃんの訃報に涙していました。
その後のさわむらさんがどうしていらっしゃるか心配でしたが、ずっとルーシーを見守って下さっていたのですね。
本当に有難うございます。

さわむらさんの体験されたお話、胸に響きます。
ええ、本当に仰るようにルーシーの魂は私と共にあるのを実感します。
気づいたら亡くなって7日も経っていたのですが、まるで今も変わりなく生きているような気がして毎日遺影に挨拶したり声を掛けています。

このブログを読んでいてくれた他のワンちゃん達もルーシーもぷーちゃんも、皆で一緒に同じ所へ行ったのですね。
亡くなって終わり、では無いと思うと残された者達もまた違った考え方が出来ると思いました。
体は失っても、魂は自分と共に生き続けるのですよね。




■ちひろ&ラッキー様
ずっとルーシーを見守り続けて下さって、また応援して下さっていて本当に有難うございました。
ルーシーは、ラッキーちゃんと同じ場所へ旅立ちました。
そこにはミルキーもいるし、ラッキーちゃんも待っていてくれているし、寂しくは無いと思います。
きっと、今頃は互いの健闘を称え合っているかもしれませんね。
ちひろさんに「誇らしい」と言って頂けた、そんな終末期を過ごせてとても嬉しいです。

ちひろさんが掛けてくれた数々の優しいお言葉は、ラッキーちゃんのお別れの時に私が感じたことと全く同じでした。
ラッキーちゃんの最期の数日間のページを涙を零して一枚一枚の画像、書かれた文章を嗚咽をこらえながら拝見したのを思い出します。
通じるもの、繋がるものが確かにあるのですね、今も思い出したら涙してしまいます。

ルーシーの看護中も泣いてばかりで、失った時は半身をもがれた痛みに何時間も号泣しました。
今、ルーシーの温もりをこの手に感じることは出来なくなってしまったのは、とても残念で寂しい気持ちです。
でも、その悲しみも苦しみもルーシーが私に与えてくれたもので、今も心はルーシーへの愛情で包まれています。
そう思ったら不思議とルーシーがいない気がしなくなって、心が温かくなりました。
ちひろさんの中にはラッキーちゃんが、私の中にはルーシーが生きていて、お互いにこれからの人生を歩んで行くんですね。
私も、本当に出逢えて良かったです。

けれど、夢の中でもいいから匂いとぬくもりを感じてギュツと抱きしめて、思い切りブチュッとキスをしたいです。(嫌がるでしょうけど)




■ろんまま様
長い間、私たちを応援して下さって有難うございました。
最期の時も、ルーシーの為に祈って下さって感謝しています。

いつか来る日がとうとう訪れてしまい、悲しみのどん底に突き落とされたような気持でした。
でも、精一杯頑張って生き抜いたルーシーにこれ以上を求めてはいけないような気がします。
一番苦しかったのは、あの子自身ですから。
この先は、私と共に生きて喜びも悲しみも分かち合って行きたいと思います。
皆さんに励まして頂いて、そう思えるようになりました。

ろんままさんが仰るように、ミルキーとルーシーが再会して空から見守ってくれていると良いです。
きっと、虹の橋では幸せが待っていると信じています。




■らう様
慰めのお言葉を有難うございました。
「幸せな犬生」と言っていただけて、とても嬉しい気持になりました。

私にも至らない点は幾つもあれど、最期に安らかに旅立てたのはルーシー自身にとっても最上であったと思いたいです。
本当に、よくぞここまで頑張ってくれました。
私の方が、与えられるばかりで申し訳なかったけれど、虹の橋で元気な姿で過ごしてくれていたら良いなぁと思っています。

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2014/05/03 (Sat)

前記事を更新した後、5月2日午後8時40分頃にルーシーが永眠しました。
今まで応援して下さった皆様、本当に有難うございました。



日中に酸素吸引したり、水や流動食を飲み込めなかったりとかなり衰弱してる感はありました。
また、酸素濃度を上げた酸素室内でも唇の血色は悪く、大きく早く波打つ胸部に不安はありました。

しかし、こんなに早く息を引き取るとは思いもしなかったです。
これから寝たきり介護をする予定で、その日もキドナを追加注文したり、床ずれ防止にビーズクッションのカバーを注文したりしていました。

ずっとルーシーをモニタリングしていて午後8時過ぎに様子を見に行ったら、目を見開いて瞬きをせず、呼吸もしていないようでした。
意識は無く、便を漏らしていました。
心臓はゆっくりと小さく鼓動しているのが確認できたので「まだ間に合う」と思って人工呼吸を始めました。
暫く人工呼吸を続けるも自発呼吸が回復せず、心音を確かめたら既に止まっていました。
慌てて両手で、横臥したルーシーの左胸を肋骨が沈むくらいに強く心臓マッサージし始めました。
何かで読んだ「アンパンマンのテーマが心マのリズムに合う」というのを思い出して、泣きながら涙や鼻水をボタボタ零してアンパンマンを歌い、心臓マッサージし続けました。
でも、願いは届きませんでした。


16歳まで生きられませんでした。
しかし、心不全末期、肺水腫、腎不全と闘い抜いて勝ち得た1年と5か月でした。
ルーシーの最期は発作を起こした様子もなく、吐瀉物もなく、本当に心臓がゆっくりとその機能を停止した感じがします。
ルーシーの表情はここ最近のいつものもので唇も閉じられており、苦しんだ形跡もなく寝ていた時の姿勢のままで暴れた様子も伺えません。
安らかな死が訪れたと思いたいです。

亡くなる直前にブログを書いたこと、どうしても書きたくなって大事な時なのに書きました。
これも今思えば予兆だったのかもしれません。
ブログに書いた内容は、実は一部は夢で見た事のある内容でして、不思議なことに夢で見た内容を現実でも書いてUPしています。
夢か現実か、この2日位はあまりにも頻繁に夢を見ていて、どちらが実際にあったことなのか混同するほどです。
夢の中でもルーシーの看護をしていましたから。

この1年5か月、何時に何を食べたか、オシッコは何時にしたか等を毎日メモし続けて来ました。
最期の日のメモは夕方、酸素濃度を高くした酸素室に入れたところで終わっています。
その続きを5月2日のブログから、今こうして書き足すことで完成させています。


ルーシーの死を受け入れてから、下半身を洗面台でモンシュシュに浸けて綺麗に洗いました。
腹巻も脱がせてスリッカーで全身を梳かし、顔は濡れタオルで拭い、ミルクの香りのするお口の中も軽く拭きました。
今は凍らせたペットボトルを入れた酸素室の中で眠っています。
まるで生きているような、いつものルーシーの姿がそこにあります。


全然吠えなかった子がこの連日吠える様になり、その甲高く愛らしい声が耳に残っています。
シーズーなのにキャンキャン吠える子って初めて聞きました。
唸る時も「なー」ってまるで猫みたいな声。
その声を、もっとずっと聞いていたかったな。
可愛い可愛い私のルーシー。


葬儀は多分、明日になると思います。
思い出が沢山あり過ぎて、毎日がルーシー中心で、全てが終わった後の無力感だとか虚脱感とか容易に想像出来て、どうやってこれから毎日を過ごしていけば良いのか見当も付きません。

多分、もっとここで綴りたかった事があったと思うのだけれど今はもう、ただ寂しくて悲しくてひたすら涙を流し続けているだけです。
とてもこのまま眠ることは出来ず、ルーシーの眠る部屋でブログ更新しました。
最期まで読んで下さって有難うござます。





+++拍手お礼+++


■Jonmama様

神様に祈って下さって有難うございました。
酸素吸引中に私もパワーを送ったのに残念ながら届きませんでした。
短いロウソクの灯が消えゆく様にルーシーの命の灯は静かに燃え尽きました。
これから寝たきり介護をするつもりだったのに、その夢は叶いませんでした。
ルーシーの看護が私の支えでもあったから、本当に悲しいです。
最期まで応援有難うございました。

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ILLUSTRATION BY nyao nyaoチャ箱♪  
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